スポンサーサイト

--.--.-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

空夢

2011.12.15 00:11|散文
 三分間だけでも愛してくれたら。その三分間は、きっとわたしを救ってくれるのでしょう。
 わたしはやはり、恋に恋をしているのだと思います。誰でも、わたしを好いてくれることを理由に好きになれそうなくらいに。誰かに愛されたいのです。いえ、誰かを苦しいほどに愛したい。たった一人の人を、ただその人がその人であるというだけで死ぬほどに愛してしまいたい。
 愛されないのは、わたしが冷たい女だからでしょうか。特定の誰をも本気で好きになれない、こんなわたし。苦手な人はいても嫌いな人もいない。普段は無愛想でも赤の他人に親切をしたり、ディスカッションではやけに元気だったり。全ては自己満足の賜物でしょうか、わたしはわたしが大嫌いな上で大好きなのです。

 このまま誰にも愛されずに死んでいくのかと考える時があります。やはりわたしは誰かから愛してもらえるほどの価値も魅力も持たない人間のなりそこないでしかないのかと怯える時があります。それならどのみち同じこと、いっそこのまま生きるのをやめてしまおうかとさえ考えたりもします。でもやはり、わたしはどこかでまだ浅ましく期待したりなんかしている。本当に卑下すべき生き物なのです。どうにも美しくない。
 人間臭いのは嫌い。でも人間らしいのは好き。そういうワガママな矛盾を抱えて、いつまでたっても生きることに慣れていかない。順応できないまま、無下に時間だけは流してきてしまって。本当に美しくない。

 一度あんまり誰かを好きになってしまったら、もうその後に他の誰かを本気で好きになることはできなくなるとでもいうのでしょうか。それではあんまりに意地悪です。でもいったい誰が?意地が悪いのはわたしなのです。
 愛されるということは特別なことなのだから、軽く考えてはよくないのでしょう。あるいは神様に愛されていれば人間には愛してもらえなくともよいのかもしれません。それでも今現在人間にされて、うまく人間にはなり切れないわたしにはどうにも中途半端で窮屈なのです。そうです、これはワガママなのです。
 縁というものについては遠い昔から、こればっかりは神頼みの他どうにもならんね、と言われてきたのです。実際わたしは何もしないどころか臆病なままに引きこもってきたのです。もう何もかも諦めたようなフリをして、怖がって震える心を押し隠してきたのです。これ以上ないド阿呆なのでした。

 だからなのでしょう、三分間だけ、なんて。そんな空しい夢を見たのは。
 しかしバカみたい、夢でもよかった。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
FC2カウンター

FC2プロフ

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
小説・文学
7327位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]

698位
アクセスランキングを見る>>

カテゴリ

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

検索フォーム

リンク

最新トラックバック

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。